オシロスコープによる周波数解析の新潮流

オシロスコープは入力された信号を「時間vs電圧」の形で表示する時間軸領域の計測器ですが、信号の見方にはもう一つ、周波数軸があるのはご存じの通りです。

例えば図1のように方形波(デューティ比 50%のパルス)は
直流成分+基本波成分+第3高調波成分+第5高調波成分+・・・
という周波数成分から成っています。

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図1 方形波の波形と周波数成分の関係

周波数解析、つまり周波数成分の解析を行う代表的な計測器がスペクトラム・アナライザです。
スペクトラム・アナライザは入力された高周波信号をミキサにより低周波領域へ変換します。
図2のように、スペクトラム・アナライザでは、ミキサに入力された信号 inと発振周波数が~lo2の周波数の変化するローカル・オシレータの差信号が作られますこの信号は通過帯域幅の狭いフィルタを通ることにより、周波数に分類できます。
スペクトラム・アナライザは高周波の計測器ですが、入力信号はミキサにより低周波領域に変換され処理されています。

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図2 古典的なスペクトラム・アナライザの基本原理

スペクトラム・アナライザは高い周波数分解能と狭帯域フィルタによる低ノイズを兼ね備えた計測器ですが、基本的に繰り返し信号の解析になります。また時間情報はありません。なお、最近のスペクトラム・アナライザでは周波数変換後に後述するFFTを組み合わせた製品、さらにデジタル変調解析を行える製品が多くなっています。
もう一つの周波数解析の手法はフーリエ変換(FFT)です。主に音声周波数領域の解析を行うFFTアナライザが有名ですが、オシロスコープにも簡易的なFFT演算機能が搭載されています。
オシロスコープなどの時間軸計測器は図3のように入力信号を一定間隔でサンプリングし、メモリに記録します。

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図3 時間軸計測器の構成

FFT演算において、守らねばならない規則が標本化定理です。
標本化定理では図4のようにサンプリング周波数の半分(ナイキスト周波数)を超える周波数成分はあってはなりません。

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図4 標本化定理で守らねばならない条件

FFTの仕組みは図5のようになります。

サンプリングされたデータ・ポイント数は2nです。すなわち256、512、1024、2048・・・16384・・・になります。波形データは先頭データと最後のデータを一致させるため、0⇒1⇒1と変化する窓関数をかけた上でFFT演算を行うことにより、横軸を周波数軸とする振幅情報と位相情報が得られます。
振幅情報と位相情報ともにデータ数は波形データ・ポイント数の半分になります。
周波数解析結果は直流(DC)からサンプル・レート(サンプリング周波数)の半分、ナイキスト周波数まで。
周波数分解能は「サンプル・レート(周波数)/波形データ数」です。

つまり高い周波数分解能を得るためには
●低いサンプル・レート
●長い波形データ数
が必要です。

しかし、仮にこの条件を満たしても、「波形形状により必要なサンプル・レートは決まる」、また「波形メモリの長さは有限」であるために必要な周波数分解能が得られるとは限りません。
また、データ数が多くなるとFFT演算時間が非常に長くなるため、多くのオシロスコープでは最大レコード長ではFFTが実行できません。

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図5 FFTによるデータの流れ

なおFFTにおいては信号が繰り返しである必要はありません。原理的に波形データ数は2のn乗個になりますが、FFTアナライザではサンプリング周波数を波形データ数の整数倍にして周波数範囲、周波数分解能を切りの良い値に収めているようです。またオシロスコープのFFT演算でも表示される演算結果を切りの良い値にしているようです。

数学的なFFTの演算結果は図6のように-無限周波数~+無限周波数まで得られます。マイナスの周波数というと何だろうと思いますが、sin(ωt)とsin(-ωt)の関係と考えれば良いでしょう。

入力信号の周波数成分がナイキスト周波数以下であれば全く問題は起きません。
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図6 数学的なFFTの演算結果は-無限周波数~+無限周波数まで

図7は周波数4MHzのサイン波をサンプリング周波数10MHzでオシロスコープに取り込んだ例です。FFT演算では4MHzにスペクトラムが現れていることが確認できます。

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図7 標本化定理の制限を守った場合

周波数4MHzの信号に対してサンプル・レート10MS/s(10MHz)は2.5倍なので標本化定理はクリアしていますが、時間軸でとらえるとサンプリング位置は図8のようになります。

サンプリング・ポイントを直線で結ぶと、(オシロスコープの表示モードでは直線補間になります)かなりラフなことが分かります。

オシロスコープでは取り込んだ波形データのサイン補間をする製品が多く、ある製品は1周期に2.5ポイントあればサイン波を再生します。製品によっては1周期に4ポイント必要になります。
いずれにしても信号のひずみがない(つまり高調波成分がない)サイン波が入力されることが条件です。

現実の信号ではサイン波を前提にすることは少ないため、より高いサンプル・レートが必要です。

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図8 ぎりぎり標本化定理の制限を守った場合のサンプリング・ポイント

ここで入力信号の周波数を6MHに設定し、あえてサンプリング定理の違反状態を試します。サンプリング周波数は10MHzなのでナイキスト周波数5MHzを超えています。図9はその取り込み結果です。図7の入力信号4MHzの場合と同じく4MHzにスペクトラムが表示されています。
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図9 標本化定理の制限を逸脱した場合

時間軸で考えると図10のように一部の周期情報が失われていることが分かります。

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図10 標本化定理の制限を逸脱した場合のサンプリング・ポイント

これは折り返し誤差と呼ばれるエラーです。

図11のように、方形波の場合、基本波成分から第7高調波までナイキスト周波数以下に収まっていても、より高次の高調波がナイキスト周波数を超えていると、折り返し誤差が紛れ込んできます。

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図11 方形波の高次高調波成分が折り返されるケース

このようにFFT演算においては標本化定理を厳密に守ることが大切です。