FFT演算においては標本化定理を厳密に守ることが絶対条件です。FFT演算では周波数分解能は「サンプル・レート(周波数)/波形データ数」になります。このため、周波数成分が低周波領域からナイキスト周波数付近まで存在する場合は図1のように良好な表示が期待できます。図1標本化定理と周波数分解能の関係しかし、変調波のように周波数が高く、かつ周波数成分の分布の範囲が狭い信号の場合、周波数分解能の制約がネックになります。図2のように周波数解析結果が狭い範囲に収まる場合は十分な周波数分解能が得られません。図2 FFT演算が苦手とする周波数成分が狭い範囲に収まった信号このような信号を解析するには周波数変換を用いたスペクトラム・アナライザが有利になります。しかし、スペクトラム・アナライザには以下のような制約があります。●ほとんど全てのスペクトラム・アナライザは1チャンネル入力なため、時間軸波形との時間相関が取れない●入力インピーダンスが50Ωなので一般的なパッシブ・プローブが使えない図3は振幅変調(AM変調)波です。搬送波()に音声等の変調波()を振幅の変化の形で乗せます。周波数軸で見るとの周囲に、の周波数成分が生じます。図3 AM変調波の時間軸波形と周波数軸における分布図4は搬送波周波数19MHz、変調波周波数5kHzのAM変調波をサンプル・レート50MS/s(サンプル周波数50MHz)、波形記録長100kポイントで取り込み、FFT演算を行った結果です。周波数軸19MHzを中心に拡大表示を行っています。周波数分解能は50MHz÷100k=500Hzになります。図4 AM変調波のFFT演算結果搬送波周波数成分、変調波周波数成分ともに存在は確認できますが、十分に分解できているとは言えません。図5を見ると解析周波数範囲と周波数分解能の関係が理解できると思います。図5 必要のない低周波領域まで周波数解析を行っているここで分解能帯域幅を狭くするためサンプル・レートを50MS/sのまま波形記録長を10倍の1Mポイントに設定すると、分解能帯域幅は1/10の50Hzが得られます。図6は計測結果です。周波数成分が十分に分解されていることが分かります。図6 レコード長を10倍に設定したFFT結果しかしFFT演算では長い波形記録は演算に時間がかかるため好ましくありません。そのため記録長の長いオシロスコープでもFFT演算では1Mポイント程度に制限されている製品が大半です。図7 レコード長を10倍に設定した場合の周波数分解能ここで標本化定理における折り返し誤差を逆手に取った実験を行います。波形記録長は100kポイントのまま、サンプル・レートを1/10の5MS/sに設定します。当然エイリアシングが発生し、時間軸波形はメチャクチャです。一方、周波数軸で考えると図8のように19MHzは1MHzに変換されます。ただしスペクトラム分布は反転されます。図8 折り返し誤差を積極的に利用してみる図9は実験結果です。折り返し誤差の表示になりますが、サンプル・レートを1/10に落とした結果、周波数分解能は1Mサンプルの場合と同じ結果が得られました。図9 折り返し誤差部分の表示これは図10のように考えられます。図10 折り返し誤差部分で周波数変換が行なわれる原理時間軸でとらえると図11のようになり、理解しやすいと思います。図11 時間軸で考える周波数変換のイメージこの手法はデジタルにおける周波数変換の一つです。別の手法としてデジタル・ダウンコンバータがあります。図12のようにスペクトラム・アナライザではハードウエアのミキサにより周波数変換を行います。高周波を得意とするスペクトラム・アナライザにおけるキー・テクノロジですが、同様の演算をデジタルで行うことでサンプリングした波形データの周波数変換を行えます。図12 デジタル・ダウンコンバータを内蔵したオシロスコープデジタル・ダウンコンバータを採用した製品も登場しており、図13はAM変調波を従来のFFTとデジタル・ダウンコンバータを使用して周波数解析をした演算結果です。デジタル・ダウンコンバータを使用することでオシロスコープ本来の波形観測に最適な設定と周波数解析に最適な設定を両立することができます。図13 デジタル・ダウンコンバータによる周波数解析と従来のFFT解析の比較解析可能周波数の上限はオシロスコープの性能に依存しますが、入力チャンネル数の制限、プローブの制限から解放される大きなメリットがあります。