オシロスコープの時間軸を設定する時は、Time/divのつまみを回して希望の取り込み時間を設定します。画面を良く見ると「サンプル・レート」、「レコード長(メモリ長、ポイント)」が表示されており、多くのオシロスコープではレコード長を任意に変えることができます。最新のオシロスコープではサンプル・レートとレコード長を自動でコントロールする機種が増えつつありますが、まだ完全ではありません。オシロスコープの時間軸を使いこなすひとつとして、レコード長を自由自在にコントロールする方法を解説します。記録できる時間はA/D変換器の変換速度(サンプル・レート)とレコード長で決まります。例えば音声のレコーダ、サンプル・レートを44.1kS/s、波形メモリを1Mポイントとすると、記録時間は「サンプル間隔(サンプル・レートの逆数)×レコード長」22.6μs×10,000,000=226s226秒になります。図1 記録時間はサンプル・レートとレコード長で決まるレコード長は長ければ長い程、記録時間は長くできます。波形メモリをSSD、HDDにすれば実用的には無限と言えるほど長時間の記録ができることになります。データレコーダに分類される計測器ではSSD/HDDを内蔵し、長時間記録を可能にした製品が市販されています。写真1 長時間記録できるデータレコーダの例一方、同じ波形記録計測器のオシロスコープはデータレコーダより周波数帯域が高く、二桁速いサンプル・レートが必要です。この速度に対応したSSD/HDDは存在しないため半導体メモリを使用しますが、価格の点からレコード長はあまり長くはありません。(高速A/D変換器に大量のHDDを並列動作させた製品情報を目にしたことがありますが、極めて特殊、高価な機器です)オシロスコープの取り込み時間幅、サンプル・レート、レコード長の関係は図2になります。記録時間はサンプル間隔とレコード長の積になります。そのため長時間の記録には2つの要件●サンプル間隔を広くする●レコード長を長くするが必要です。図2 記録時間はサンプル間隔とトレードオフしかしサンプル間隔はむやみに広げることはできません。図3にように最も速く変化するエッジ部分にサンプル・ポイントは4~5ポイントは必要です。サンプル・ポイントが少ない場合、補間のためのフィルタ(多くはSinX/X、または準じたもの)の影響により本来波形には存在しないリンギングを生じてしまいます。
図3 的確なエッジ取り込みには4~5ポイント必要このため必要になるサンプル間隔(サンプル・レート)を維持したまま、必要な取り込み時間を確保できるレコード長を選択することになります。代表的な汎用オシロスコープとして横河計測のDLM3054を例にレコード長について解説します。写真2 実験の現場で多用される横河計測のオシロスコープDLM3000シリーズDLM3054の波形レコードは最短1.25kポイントから最長12.5Mポイント(オプションで25M/50Mも選択可能)ですが、電源オンでの初期設定では125kポイントになります。初期設定のレコード長はメーカーにより異なります。例えばテクトロニクス MDO4000Cシリーズ(レコード長1kポイント~20Mポイントが選択可能)の初期設定は10Kポイントです。この辺りはメーカーの考え方に差があるように思えます。さて初期設定 125kポイントにて、立ち上がり時間約6nsのパルスエッジを観測するために時間軸を5ns/divにしたとしましょう。このときサンプル・レートは自動的に最高サンプル・レート 2.5GS/s(サンプル間隔 0.4ns)になります。そのため波形メモリには0.4ns×125k=50μsのデータが記録されます。一方、表示時間は5ns×10=50nsであり、1/1000のデータだけが拡大表示されます。つまり図4左の表のように時間軸5µs/div~1ns/divまでの取り込み動作は変わりません。表示拡大されていることがわかります。図4 DLM3054の動作ここで時間軸設定を5µs/divにすると、取り込んだ全てのデータが表示されます。しかしこれでは画面はベタ塗状態です。波形を目視確認することはできません。図5 レコード長が長い場合は波形として確認できないことがある時間軸を500ns/div、10倍に拡大表示してやっと波形が見えてきます。図6 1/10のデータのみ表示さらに時間軸を50ns/divにすると波形が明確に確認できるようになります。図7 波形形状の確認ができる時間軸設定そこでレコード長を最短の1.25kポイント、初期設定の1/100にします。すると図8のように「波形取込み範囲=表示範囲」になります。図8 効率的に波形確認のできるレコード長このようにレコード長を短くすることにどのようなメリットがあるのでしょうか。波形データを外部にて演算する際に、最短のデータが使えることが思い浮かびます。データの保存にもサーバのメモリを無駄に使いません。波形観測という観点からみると、波形取込みレートの大幅な改善が得られます。オシロスコープ内部では、データ処理に時間を要するために波形を取り込めない期間、デッドタイムが存在します。図9のようにレコード長が初期設定の125kの場合、実測での波形取込み回数は毎秒約100波形でした。つまり約10msに一回波形を取り込み、50nsだけを表示することになります。これは観測している割合が僅か50ns÷10ms=0.0005%に過ぎません。ほとんど見えていないことになります。図9 デッドタイムが大きいと観測できる割合が極めて少ないレコード長を1/100の1.25kポイントにすると波形取込み回数は実測約1万波形に向上します。図10のように約100μs毎に50nsを表示、表示割合は50ns÷100μs=0.05%に向上します。図10 デッドタイムを少なくすると観測できる割合が多くなるこの0.05%という値は小さいように思えますが、実用上、波形表示モードを工夫することで、間欠波形の確認に役に立ちます。図11のPWM波形のように変化するエッジは速く、長時間にわたり波形が変化する場合は、長いレコード長が威力を発揮します。基本的には単発取り込みにて観測したい部分をズーム拡大する形になります。図11時間軸を速くし、レコード長を短くすると図12のようにパルス幅の変化を重ね書きで確認できます。
図12 変化を重ね書きで確認何を観測したいのかによりレコード長を変化させることが波形観測のキーポイントと言えるでしょう。