実効値の測定について、今回は実験にて深堀りしたいと思います。交流電圧の実効値を測定する場合にまず頭に浮かぶ計測器はデジタル・マルチメータでしょう。デジタル・マルチメータは直流/交流電圧、電流、抵抗を比較的高い確度で測定することができます。図1のように内部にはA/D変換器を使用、電圧測定において相手の回路の動作に与える影響を抑えるためのバッファ・アンプにより入力インピーダンスは10MΩと高く設計されています。このため回路インピーダンスが極端に高くなければ高い確度で計測できます。交流電圧の計測では交流電圧を直流電圧に変換しています。ローコストのハンディ型では平均値変換の製品が主流ですが、ベンチトップ型では実効値変換が主流、そのため波形形状にあまり影響されずに実効値が求まります。図1 デジタル・マルチメータの内部構造交流から直流に変換するために、交流電圧測定確度は直流電圧測定確度より多少低下します。例えば代表的なデジタル・マルチメータ、キーサイト 34465Aでは以下のようになります。直流電圧確度 10Vレンジ 読み値の0.0010%+レンジの0.0003%交流電圧確度 10Vレンジ 読み値の0.02%+レンジの0.02% (10~20kHz)(キーサイト・テクノロジーのデータシートより)写真1 代表的なベンチトップ型デジタル・マルチメータまた、計測できる周波数の上限は34465Aでは300kHzになります。このためより高い周波数では計測不可能になります。ほかの計測手段としてはオシロスコープの波形パラメータ機能が考えられます。オシロスコープでは図2のように入力信号を変換速度の速いA/D変換器で入力し、波形を記録します。この波形データを基に各種波形パラメータを算出します。図2 オシロスコープによる実効値演算波形データは離散データになり、実効値算出には図3のように区分求積法を用いています。ここで注意すべきは電圧の基準となるリファレンス・レベルです。リファレンス・レベルを基に計算を行うため、リファレンス・レベルが意図した電圧と異なると計算結果が実態と大きく乖離します。図3 区分求積による演算オシロスコープの周波数帯域はデジタル・マルチメータに比べて高く、200MHz以上の製品が主流です。周波数特性はガウシャン特性に近似しているため、周波数帯域の1/3程度まではフラットです。例えば周波数帯域350MHzの場合、100MHz程度まではフラットな特性になります。ただしオシロスコープの電圧確度は1~2%程度であり、デジタル・マルチメータに比べて高い確度を得ることはできません。(電圧確度は一般に直流で定義されていますが、現代のオシロスコープでは周波数特性の平坦さはほぼ問題ないレベルになっています。)ここではファンクション・ジェネレータから周波数、波形形状を変えた信号をデジタル・マルチメータとオシロスコープに加え、実行値測定結果を比較します。実効値は時間で正規化されていますので、オシロスコープでは1周期を切り出すモードにて演算します。写真2 実験風景直流電圧での比較ファンクション・ジェネレータより1Vの直流電圧を出力、測定結果を比較します。● デジタル・マルチメータ 1.001,252V今回使用したデジタル・マルチメータの確度は2Vレンジにて読み値の0.0015% + レンジの0.0005%から1.001252±0.000025V● オシロスコープ 1.0076V今回使用したオシロスコープの電圧確度はフルスケールの±3%からオシロスコープ 1.0076V±0.048V図4 直流電圧での測定結果もっとも、直流電圧の計測でオシロスコープを用いる機会はあまりないと思います。周波数 1kHzのサイン波の場合●デジタル・マルチメータ 0.999079V確度は2Vレンジ、1kHzでは読み値の0.04 %+ レンジの0.02%と規定されています。●オシロスコープ 0.99651Vいずれの方法でも計測は正しく行えています。図5 周波数 1kHzの場合周波数を変えて検証周波数を徐々に高くして検証を行います。図6が周波数を1kHzから4MHzまで変化させた場合の計測結果です。今回使用したデジタル・マルチメータでは交流電圧測定は300kHzまで規定されていますが、計測結果でも300kHzまではフラットに計測できています。一方のオシロスコープでは300kHzを超えても(確度は低くなりますが)フラットです。ファンクション・ジェネレータの性能から検証はできませんでしたが、周波数帯域1/3程度までは確度こそ高くはありませんが計測可能と思われます。図6 デジタル・マルチメータとオシロスコープによる交流実効値測定の比較結果信号がパルスの場合デジタル・マルチメータの交流電圧測定では直流成分を除去して計測しています。同じ条件にするためにオシロスコープの入力カップルをACカップルにてパルス波のデューティ比を10%、50%、90%と変化させた場合の結果が図7です。パルスの周波数は1kHz、計測結果にデジタル・マルチメータとオシロスコープ間に大きな差は認められません。図7 周波数1kHzのパルスのデューティ比を変えて比較さて、オシロスコープの入力カップルをDCカップルに変更、リファレンス・レベルをグラウンド基準で行った場合の計測結果が図8です。デューティ比が50%の時は両者の結果に差はありませんが、それ以外では大きく変わっています。これは計算の基準になるリファレンス・レベルが異なるためです。図8 オシロスコープによる実効値測定ではゼロ・レベルの設定で結果が大きく変わるパルス波の周波数を変えてみるパルス波は高次の高調波成分を含むために、デジタル・マルチメータでは計測可能な周波数を超える高調波成分が確度に影響を与える恐れがあります。図9はデューティ比50%パルスの周波数を1kHz、10kHz、100kHzと変化させた場合の結果です。周波数10kHzの場合、高次の高調波成分も問題なく計測できているようですが、100kHzでは5次高調波以上にあたる500Hz以上の成分が欠落するため、デジタル・マルチメータの計測結果が低下しています。図9 パルスの周波数を変化させた場合このように波形の周波数や。形状により最適な計測器は変わってきます。オシロスコープに似た計測器として周波数帯域は低くなりますが、電圧分解能・電圧確度がオシロスコープより高いレコーダがあります。波形に応じて計測器を選択することがより高い確度の計測につながります。図10 周波数と波形形状による計測器の住み分け