DMMでの直流電圧測定で誤差がある その原因と対処法

デジタル・マルチメータ、特にベンチトップ型は高い測定確度を持つ計測器として知られています。
デジタル・マルチメータと同じくエンジニアのマザーツールであるオシロスコープでは、一般的に電圧確度は2%程度、高級機でも1% です。
一方、デジタル・マルチメータではホームセンターで売られている数千円のハンディ型でも一般的に0.1%程度の確度が得られます。

デジタル・マルチメータの動作原理はハンディ型でもベンチトップ型でも同じです。
図1のように入力されたDC電圧は高い入力インピーダンスのバッファに入力、そして高い電圧分解能のA/D変換器で測定されます。
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図1 代表的なデジタル・マルチメータ キーサイト・テクノロジー34465Aとデジタル・マルチメータの内部構造イメージ

デジタル・マルチメータでは直流/直流電圧、直流/交流電流、抵抗が測定できますが(低価格品では電流測定がないモデルもあり)、交流測定では交流/直流変換、また電流測定ではシャント抵抗による電流/電圧変換が行われるために直流電圧測定の確度が一般的に一番高くなります。

図2はキーサイト・テクノロジーのデジタル・マルチメータ 34461Aの直流電圧での確度です。測定レンジにより多少変化はありますが、極めて高確度です。

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図2 デジタル・マルチメータの最高確度は直流電圧測定で得られる

確度は±(読み値の%+レンジの%)なので10Vレンジでの測定結果が5Vの場合の測定確度は

5V×0.0015%+10V×0.0004=(5±0.000115)V

つまり真値は4.999885~5.000115Vの間になります。

大事なのは、図3のように「デジタル・マルチメータの入力端子に発生している電圧の測定結果です。

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図3 デジタル・マルチメータが測定している電圧

実際にあったケースで、出力インピーダンスが高い電圧源の電圧測定に、DC電圧の測定で思った測定確度が得られない」という事象がありました。

測定ではデジタル・マルチメータが回路に入ることになります。デジタル・マルチメータの入力抵抗が無限大であれば何も起こりません。しかし、データシートに記載の通り入力抵抗は10MΩです。この抵抗が回路に並列に入ります。
つまり、電圧を測定することは図4のように回路に10MΩの抵抗が入ることになります。

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図4 デジタル・マルチメータの入力抵抗が回路に影響を与える

10MΩの入力抵抗は回路の内部インピーダンスが極めて低い電源の電圧測定では全く問題はなく、高い確度で電圧測定が実行できます。しかし回路の内部インピーダンスが高くなるに従い、影響が出てきます。

オシロスコープのプローブが回路の動作に与える影響は「プローブの負荷効果」として知られていますが、このケースでもそれと同様のことが起きています。
図5はオシロスコープのプローブが波形に与える影響を調べる方法です。CH1ではプローブが信号に与える影響、CH2ではプローブの波形再現能力が確認できます。

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図5 プローブの負荷効果、再現性を確認するセットアップ

図6はプローブ接続前の信号波形です。これをリファレンスとします。

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図6 CH1で取り込んだ本来の信号波形

図7は最短のプローブ・グラウンド線で信号をピックアップした場合です。CH1の受信波形にはわずかにプローブの影響が確認できます。

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図7 最短のプローブ・グラウンド線

図8は標準装備のグラウンド線を使用した場合です。受信波形に対する影響が多くなっています。またプローブの信号再現性も低下していることが分かります。

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図8 標準装備のプローブ・グラウンド線

同じことがデジタル・マルチメータの測定でも起こります。

キーサイト・テクノロジー 34461Aでは入力抵抗は1000倍の10GΩも選択可能で、初期設定は10MΩです。(図9)
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図9 キーサイト・テクノロジー 34461Aのデータシートに記載されている入力抵抗値

入力抵抗の影響を確認するために図10の実験で確認します。キーサイト・テクノロジー 34461Aと同等機を用いて実験しました。
直列接続した1MΩに1.5Vを印加した場合、下の抵抗両端電圧は1.5Vの1/2になるはずです(電池は新品のため解放電圧は約1.56V)。しかし測定結果は0.742939V、期待値より小さくなっています。

これが入力抵抗の影響です。これではいくら測定確度が高くても活かすことができません。

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図10 回路の内部インピーダンスが高い場合は入力抵抗の影響が大きい

そこで図11のように入力抵抗を10MΩから10GΩに切り替え、再度測定した結果が図12です。

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図11 入力抵抗を切り替える

測定結果は予想通り、デジタル・マルチメータ本来の確度を活かすことができます。この場合でも入力抵抗の影響として0.01%はありますが、許できる範囲です。

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図12 入力抵抗を10GΩに変更

ではデジタル・マルチメータの入力抵抗は常に10GΩにすれば良いのでは?という疑問が出てきます。実はデジタル・マルチメータから外部に流れ出す微小電流があります。
キーサイト・テクノロジー 34461Aのデータシートには入力バイアス電流として<30pAと記載されています。1MΩに接続すると1MΩ×30pA=30μV(0.03mV)が発生し、誤差要因になります。

そのため入力抵抗10GΩは、いざ、という時に切り替えるようになっています。