オシロスコープの周波数帯域は測りたい回路のクロック周波数の10倍あれば良いと先輩に教わったのですが・・・・ このテーマは良く耳にする話です。 家電製品にプロセッサが導入された頃、クロック周波数は数MHz、当時業務で多く使われていたオシロスコープの周波数帯域は50~100MHzでした。 確かに10倍ルールです。 オシロスコープの周波数帯域ですが、図1のように定義されています。 「直流ないしは低周波でのレスポンスを基準に表示振幅が3dB低下(約70%)する周波数」 このことをご存知の方は多いでしょう。図1 汎用オシロスコープの周波数帯域の定義周波数帯域が2GHz程度までのオシロスコープは汎用オシロスコープと言われ、その周波数特性はガウシャン特性に近似しています。図2が周波数帯域100MHzでのガウシャン特性です。なぜガウシャン特性なのか?ということですが昔のオシロスコープはアッテネータ、増幅器、ブラウン管など多くの回路が直列になっており、結果的にガウシャン特性に近い形になったという話があります。図2 ガウシャン特性ガウシャン特性では周波数の上昇に伴い、レスポンスが徐々に低下します。周波数帯域の30%(100MHでは30MHz)で約3%低下、周波数帯域で-3dB(70%)、2倍の200MHzで約-12dB(約25%)に低下します。では周波数帯域500MHzのオシロスコープを使って実際のパルスを観測してみましょう。図3は周波数10MHz、立上り時間8nsのクロックを取り込み、FFTにて周波数成分を解析しました。(種明かしをすると周波数帯域500MHzのオシロスコープは立上り時間2.8ns程度まで対応できます) 図3 立上り時間 8nsのパルスの周波数成分原理的に方形波は直流成分+基本波成分+奇数次高調波で成り立っています。図3下のFFT結果を見ると10MHzの基本波、徐々に低下する30MHz、50MHz・・・の高調波成分が確認できます。周波数スペクトラムの分布をみると90MHzないし110MHzの成分が確認できます。(それ以上の周波数成分はパルスの角の形状に由来するものと思います)この結果では周波数帯域は100MHzでOK、「周波数帯域・クロック10倍説」は通用するようです。(図3の周波数特性はざっくりと直線で表示してあります)次に信号の立上り時間を半分の4nsにしてみます。図4の結果を見ると第17次高調波の170MHzが確認できます。周波数帯域100MHzでは高次の高調波成分が減衰してしまいます。周波数帯域は200MHzないし250MHzは必要です。図4 立上り時間 4nsのパルスの周波数成分直観的に考えてみましょう。図5のように周波数50MHz(周期20ns)、立上り時間2nsのパルスのエッジ部分に着目すると周波数250MHzのサイン波とほぼ重なるイメージになります。図5 立上り時間2nsのパルスのエッジを時間軸で考えるすると周波数帯域は250MHzがほとんど減衰しないよう、750MHz程必要になります。次に周波数は50MHzのまま、立上り時間を半分の1nsにしたイメージが図6になります。図6 立上り時間1nsのパルスのエッジを時間軸で考えるするとエッジ部分は周波数500MHzのサイン波と重なり、周波数帯域は500MHzでは不足、1GHz以上は欲しいところです。このようにオシロスコープに求められる周波数帯域はクロック周波数ではなく、立上り(立下り)時間に依存することが分かります。実はオシロスコープのデータシートの周波数帯域の項を見ると、立上り時間が表記されています。これは図7のように立上り時間が極めて速いパルスを入力した場合(いわゆるステップ応答)の反応を示しています。図7 オシロスコープのステップ応答このオシロスコープの立上り時間は周波数帯域との間には図8のようにの関係があります。定数350は機器の周波数特性により多少前後します。図8 周波数帯域と立上り時間の関係代表的な製品のデータシートで確認してみます。図9はテクトロニクスのMDO4000Cシリーズとキーサイト・テクノロジーの4000Tシリーズのデータシートの抜粋です。周波数帯域350MHzではどちらの製品も立上り時間は1nsとなっています。キーサイト・テクノロジーの場合、周波数帯域1GHzでは多少立上り時間が遅くなっているのは周波数応答特性がガウシャンから多少異なるためと思われます。図9 データシートで確認した帯域と立上り時間さてオシロスコープ固有の立上り時間より速いパルスには対応できないことは明らかですが、実用性能はどのように考えれば良いでしょうか。入力信号の立上り時間 Trsオシロスコープの立上り時間 Tro表示される立上り時間 Trmとするとガウシャン系では図10の関係があります。図10 パルスのエッジが歪まない限度つまり測りたい信号の立上り時間よりもオシロスコープの立上り時間が3倍速ければ誤差5%、5倍速ければ誤差2%以下で測定できます。図11にオシロスコープの周波数帯域と立上り時間の誤差を示します。濃い水色の範囲なら誤差2%以内で、薄い水色なら誤差5%以内で立上り時間が測定できる、つまり波形がほとんど鈍らないことになります。図11 周波数帯域別の使用限度ところで波形測定にはプローブを使うことが多いわけですが、このプローブも固有の周波数帯域を持ちます。このためプローブ使用時には図12の関係になります。図12 プローブを含めたパルス応答ただしオシロスコープに付属するプローブの場合は一概にはいえません。オシロスコープ本体の周波数帯域は50Ω入力時は1GHzですが1MΩ入力時は500MHz、付属プローブ使用時は500MHzのこともあり、データシートなどで確認は必要です。一般的に別売の電流プローブ、高電圧プローブなどの周波数帯域はオシロスコープのそれより低いことが多く、その場合はオシロスコープの周波数帯域ではなく、プローブの周波数帯域が信号に対応できるか検討すべきです。これまでは信号の観測を前提に考察しましたが、ノイズ、特に高周波ノイズを考えた場合には余裕が必要です。写真1は周波数約500MHzのノイズが信号に飛び込んだ例です。観測に使用したオシロスコープの周波数帯域は500MHzなのでノイズの振幅は30%程減衰していると考えられますが、ノイズの存在は十分に確認できます。写真1 周波数帯域500MHzの場合写真2は周波数帯域200MHzを想定して周波数帯域制限フィルタ200MHzをかけて同じノイズを観測しました。ノイズの振幅は大きく減衰しています。信号形状には大きな影響は確認できません。写真2 周波数帯域200MHzの場合さらに100MHzの帯域制限ではノイズは確認できません。信号の形状も若干鈍っています。写真3 周波数帯域100MHzの場合この例では信号波形の観測では周波数帯域200MHzでも使えそうですが、高周波ノイズの確認には性能不足ということが分かります。信号の形状が正確に測定するための周波数帯域と予想外のノイズまで対応できる性能は異なります。最低限の性能として信号を歪ませない周波数帯域はクリアした上で、異常動作を引き起こす可能性のあるノイズにも対応するのであれば、余裕を持ったオシロスコープを選択、周波数帯域をコントロールすることが賢い選択といえると思います。