オシロスコープのFFT機能の使い方は?

信号を周波数軸で観測する計測器には高周波用のスペクトラム・アナライザや音声・振動解析に使われるFFTアナライザがありますが、オシロスコープにもFFT機能が搭載されています。オシロスコープのFFT機能はどう使ったら良いでしょうか。

人間はどのように音を聴いて認識しているのでしょうか。
図1であらためて時間領域と周波数領域を見てみましょう。
耳の内耳には有毛細胞という特定の周波数の音に共振する細胞が12,000個あるそうです。
音はいろいろな周波数の空気振動の集合で、有毛細胞は時系列で反応を脳に送って音を認識するようです。


図1 人間の聴覚

単純に方形波で考えると図2のように方形波は基本波成分と、その奇数倍の周波数の高調波から成っています。

図2を時間軸で見るとオシロスコープなどの測定器での表示、周波数軸で見るとスペクトラム・アナライザやFFTアナライザでの表示に相当します。


図2 時間軸波形と周波数軸波形の関係

さて高周波測定器の代表であるスペクトラム・アナライザはどのようにして周波数解析を行っているのでしょうか。
スペクトラム・アナライザには通過する帯域幅の狭いフィルタがあり、それを低い周波数から高い周波数までスキャンすることで波形の周波数成分を検出しています。
例えて言うと刑務所から脱走者がいないか、サーチライトでスキャンしてチェックしているイメージです。
ここで注意すべきはサーチライトが当たっていない時に脱走者がいても発見できないという事です。
スペクトラム・アナライザも同じで、フィルタがスキャンしているその瞬間にある周波数成分しかわからないということです。


高い周波数に上げる回路をアップコンバータ、下げる回路をダウンコンバータと呼ぶことがあります。
図3 掃引式スペクトラム・アナライザはサーチライトに似ている
 
周波数変換技術
スペクトラム・アナライザでは周波数変換技術が使われています。
三角関数の掛け算を思い浮かべてください。
図4のように周波数の異なる二つのサイン波を掛け合わせると二つの周波数の和と差の成分になります。
20kHzと21kHzの二つの信号をミキサ回路に入力すると41kHzと1kHzを得ることができます。
測定したい信号が21GHz、測定器内部の発振器の信号を20.99GHzとすると、差の0.01GHz(10MHz)に変換できます。
21GHZは非常に周波数が高くそのまま扱うことは困難ですが10MHzならば容易に扱えます。
これがスペクトラム・アナライザでの周波数変換です。
 

図4 ミキサによる周波数変換

周波数変換の技術は以前から高周波を扱うラジオやテレビで使われてきました。図5はアナログ時代のFM受信機の仕組みです。
入力された76.1~94.9MHzの放送波と受信機内部の発振器(65.4~84.2MHz)の信号はミキサで引き算されます。そして10.7MHz±100kHzを通すフィルタを通り検波され音声信号になります。
発振器の周波数を選ぶことで特定の周波数の放送を受信できるわけです。


図5 アナログ時代のFM受信機

受信機では内部の発振器の発振周波数は一旦選局すれば固定ですが、スペクトラム・アナライザでは図6のように一定の速度で変化させます。
FM受信機で言えば選局を続けて変えて行く感じです。
そして帯域フィルタを通過した信号を検出します。

このようにスペクトラム・アナライザは測定する信号は高周波ですが、巧妙に低周波に変換して解析を行います。
解析する周波数の範囲はフィルタの周波数帯域幅なので含まれるノイズレベルは非常に低くなり、低レベルの信号も検出できます。
つまりスペクトラム・アナライザは定常的な信号の周波数成分を高い周波数分解能、広いダイナミックレンジで測定できる測定器です。


図6 掃引式スペクトラム・アナライザの基本原理

FFTの原理
デジタル技術を使った周波数解析がFFT(高速フーリエ変換)です。
入力信号はA/D変換器にてオシロスコープのようにサンプリングされます(離散データ)。
データ・ポイント数は2N、1024、2048・・・になります。

ここでデータの最初と最後を結んでリング状にして繰り返し信号上に解析しますが、最初と最後の値が一致しないと段差を生じ誤差の原因になります。
このため0⇒1⇒0と変換する窓関数を掛け一致させます。

解析結果は振幅データと位相データになりますが、データ・ポイント数はそれぞれ元データの1/2になります。

周波数上限はサンプル・レートの1/2
周波数分解能はサンプル・レート÷データ・ポイント数
になります。

周波数分解能を上げ細かい周波数変化を見るためにはサンプル・レートを下げるかデータ数を多くすることになります。
しかしサンプル・レートを下げると解析上限周波数が低下します。
データ数を多くすると解析する演算時間が大幅に増えてしまいますので、適切な設定が必要です。


図7 FFTの原理

写真1は代表的なFFTアナライザです。
製品化されたFFTアナライザは解析する対象として音声信号や振動、メカ的な動きがメインになります。
入力周波数上限は100kHz以下が多く、逆に入力レンジは24ビットA/D変換器の採用で120dB(100万倍)以上と非常に広くなります。
120dBという値は人間の聴力とほぼ同等といえるでしょう。


写真1 代表的なFFTアナライザ

一方、図8のように、オシロスコープでは8ビットA/D変換器が主流、中上級機で12ビットが採用され始めたところです。
そのため入力のダイナミックレンジは広くありませんが、扱う周波数がオシロスコープより低いレコーダでは12~16ビットA/D変換器が採用されています。
このように扱える周波数(最高サンプル・レート)とダイナミックレンジはトレードオフの関係があります。
オシロスコープのダイナミックレンジは狭いですが、ほぼ周波数帯域(正確さを期するならば周波数帯域の30%程度)までの周波数解析が可能です。


図8 計測器の住み分け

オシロスコープでのFFT演算においては標本化定理を厳密に守ることが必要です。オシロスコープでは時間軸の設定によりサンプリング周波数が大きく低下し、標本化定理を満足しないことが起き得るからです。

標本化定理では信号の周波数成分が図9上のようにナイキスト周波数(サンプル・レートの1/2)以下に収まる必要があります。ナイキスト周波数とサンプル・レートの間に折り返し成分が存在するからです。
もしもナイキスト周波数を超える周波数成分があると、折り返し成分が本来の周波数成分に重なってしまい、本来存在しないスペクトラムが表示されてしまいます。


図8 計測器の住み分け

オシロスコープでのFFT演算においては標本化定理を厳密に守ることが必要です。オシロスコープでは時間軸の設定によりサンプリング周波数が大きく低下し、標本化定理を満足しないことが起き得るからです。

標本化定理では信号の周波数成分が図9上のようにナイキスト周波数(サンプル・レートの1/2)以下に収まる必要があります。ナイキスト周波数とサンプル・レートの間に折り返し成分が存在するからです。
もしもナイキスト周波数を超える周波数成分があると、折り返し成分が本来の周波数成分に重なってしまい、本来存在しないスペクトラムが表示されてしまいます。





図9 標本化定理で起きるエラー

図10はワンボードUSB測定器で取り込んだサイン波のFFT表示です。
● サンプル周波数(サンプル・レート) 40kHz(40kS/s)
● データ・ポイント数 8192
● 信号周波数 1kHz 振幅 1V(0.707Vrms)

FFT上限周波数は40kHzの1/2、20kHzになります。

オシロスコープの表示では振幅は±1V、実効値は0.707Vになります。
FFT表示では1kHzのポイントにスペクトラムが確認できレベルは-3dBVになります。
スペクトラム・アナライザやFFTでは広い電圧範囲を表示するために縦軸はLog表示が一般的です。
高周波用スペクトラム・アナライザでは50ΩインピーダンスでdBm(1mWが0dBm)が、FFTアナライザ、オシロスコープのFFTではdBVが一般的です。
dBVでは実効値1Vが0dBVになります。


図10 FFTによる周波数・振幅表示

FFTでも周波数軸でのズーム拡大が可能です。
図11ではDC~2kHzまでの表示にしてみました。

周波数分解能は40kHZ÷8192=4.88Hzになります。


図11 表示拡大により詳細に解析

FFT解析では信号は繰り返しである必要はありません。単発信号でも解析可能です。
周波数解析をすることで時間軸では分かりにくいことが簡単に理解できます。
例えば電源に乗るノイズを周波数解析、ノイズの周波数成分が分かれば対策のヒントを得ることができます。