A/D変換器のビット数が多ければ測定対象となる信号(電圧)がより細かく見えるはずなので従来の8ビット・オシロスコープは時代遅れなのでしょうか。 デジタル家電のはしりといえるコンパクトディスク(CD)。これはLPレコードの置き換えを目指してソニーとフィリップスが共同開発した光ディスク第一世代であり、その発売は1982年。波形をデジタルのかたちで扱うデジタル・オシロスコープはCDより前に登場し、既に40年以上が経ちました。マイクロプロセッサの登場、PCの加速度的な進歩もあり、電子計測器のデジタル化は急速に進みました。我々の身の回りの事象はアナログですから、アナログのデジタル化(A/D変換)、デジタルのアナログ化(D/A変換)がキー・テクノロジーになります。ところでコンパクトディスクの規格ですが、登場以来40年とこれ程長く使われている規格も珍しいものです。図1のようにサンプリング周波数は44.1kHz(44.1kS/s)、分解能は16ビットです。図1 CDの録音周波数範囲とサンプリング周波数44.1kHzのサンプリング周波数は人間の聞こえる音の上限周波数が20kHzという説から、標本化定理によりその2倍以上とされています。人間の耳のダイナミックレンジが気配のように聞こえる音とジェット機の離陸時の爆音で120dBあり、それには及びませんがCDは実用的なところで16ビット。1ビットの分解能は1/2、つまり6dB、16ビットでは96dBになります。(もっとも初期のCDプレーヤーは14ビットだったという話も)さらに高音質の規格としてハイレゾがあり、代表的な規格としては分解能24ビット、サンプル・レートは196kH/zです。オシロスコープでは高い周波数の信号も扱わなければなりません。初期のデジタル・オシロスコープの例では周波数帯域100MHzのブラウン管式オシロスコープに波形記憶用として25MS/s、8ビットのA/D変換器を搭載しました。補間機能を併用し2.5MHzまでの単発信号を取り込める性能で、ブラウン管式オシロスコープへの機能追加と考えて良いと思います。写真1 1980年発売のテクトロニクス 468型以来デジタル・オシロスコープの歴史は周波数帯域の拡大とA/D変換器の速度高速化がメインであったといえるでしょう。例えば横河計測株式会社のDLMシリーズの前モデルでは、最高周波数帯域500MHzのDLM2000シリーズでは各チャンネルにサンプル・レート1.25GS/sのA/D変換器が搭載されていました。CH1とCH2、ないしはCH3とCH4のA/D変換器を組み合わせることで2チャンネル動作では2倍の2.5GS/sになっていました。それに対して、現行モデルのDLM3000シリーズではA/D変換器の性能が2倍、全チャンネル2.5GS/s、最高周波数帯域は500MHzの5倍になりました。写真2 横河計測 500MHz/2.5GS/sのDLM3054型このように最近の製品では周波数帯域が拡大し、サンプル・レートの周波数帯域の5倍程度が実現できています。一方、電圧分解能は長い間、8ビットが主流でした。その理由ですが、オシロスコープは直流から周波数帯域までのすべての周波数成分を同時に取り込む広帯域の計測器であるため、ノイズが多いことがあります。抵抗は存在するだけでノイズを発生します。熱雑音というもので抵抗 R(Ω)温度 T(絶対温度)周波数帯域 Δf(Hz)の場合、発生するノイズの実効値Vrmsは図2のようになります。図2 オシロスコープで発生する熱雑音オシロスコープの入力インピーダンスは50Ωないし1MΩなので理論的には周波数帯域500MHzで常温にて50Ωでは20μVrms1MΩでは2.9mVrmsのノイズが発生します。ノイズのピークピークはこの数倍になります。試しに入力インピーダンスを50Ωに切り替える、帯域制限をかけるとノイズが減ることが分かると思います。このノイズに加えて垂直部の増幅器がノイズを発生します。図3のようにこれらのノイズが合算されたノイズが計測器としてのオシロスコープのノイズになります。写真3 テクトロニクス 1GHz MDO4104C図3 テクトロニクス MDO4000Cシリーズの雑音図4はテクトロニクスの1GHzオシロスコープ、MDO4104Cのデータシートから考察した最高電圧感度(1mV/div)におけるノイズと電圧分解能の様子です。図4 オシロスコープのノイズと電圧分解能の関係データシートよりノイズは0.039mVrms、ピークピークでは400~500μVと思われます。MDO4104Cは8ビット分解能で、電圧1目盛りを25に分解します。つまり1分解能は1mV/25=40uVになりノイズレベルの1/10以下の分解能になります。図5は感度を落として1V/divに変更した場合です。ノイズは24.27mVrms、ピークピークでは約100mVと思われます1分解能は1V/25=40mVになり分解能は依然ノイズレベル以下になります。図5 電圧感度を落とした場合のノイズと電圧分解能結果としてノイズを細かく分解していることになります。このように電圧分解能は8ビットで十分という事でA/D変換器の高速サンプリング化が図られて来たと思われます。つまり普通に使用する範囲であれば8ビットあれば十分という事になります。A/D変換器の本当の実力A/D変換器の性能を評価する最初のステップは直線性です。図6のように入力電圧値を徐々に上げていき、出力がリニアに変化するか、不連続は無いかを確認します。8ビットのA/D変換器であればフル入力レンジを28=256、12ビットでは212=4096と16倍細かく変換します。ちなみにコンパクトディスクの規格は16ビットなので216=65,536に分解します。図6 A/D変換器の直線性の評価この分解能は直流における性能です。オシロスコープのA/D変換器はもちろん交流の信号を扱いますから交流での実力が大切です。交流での性能評価に有効ビットという評価があります。これはA/D変換器だけでなく、増幅器の直線性やノイズまで含めた実力になります。測定はノイズを除去するために10MHzのみ通すフィルタを通ったフルスケールの90%の信号を入力、A/D変換されたデータを演算し、本来あるべき値との差から等価的な分解能を算出します。そして一般的に8ビットのA/D変換器の有効ビットは6~7ビットに低下します。写真4 テクトロニクス MSO5B例えば12ビットのオシロスコープであるテクトロニクスのMSO5Bでは図7の表のようになっています。入力信号の周波数は10MHzに固定し、周波数帯域を20MHz~1GHzに変化させた時、有効ビットは8.9ビット~7.6ビットになります。12ビットの採用によると思いますが、実力として8ビットの分解能が得られていると思います。図7 有効ビットの評価方法このように高周波では分解能が低下することは一般的です。データシートに記載されていることは計測器としての信頼性の現れだと思います。デジタル・フィルタによる分解能改善最近のデジタル・オシロスコープでは増幅器の低ノイズ化だけでなく、デジタル・フィルタを使用し、トータルでのノイズを低減しています。図8はMSO5Bのデータシートの抜粋ですが、ハイレゾ・モードというデジタル・フィルタを使用したノイズ値が記載されています。図8 テクトロニクス MSO5Bのハイレゾ・モードのノイズ8ビット機であるMDO4104Cが電圧感度1V/divでノイズ24.27mVに比べると、ハイレゾ・モードでのMSO5Bでは周波数帯域1GHZでは13.0mVと約1/2の改善ですが、周波数帯域が制限されるもののノイズが低減されていることが分かります。MDO4104Cもハイレゾ・モードは搭載されていますが、12ビット機であるMSO5Bではより有効度が上がると思われます。12ビット・オシロスコープが有効なケースは周波数帯域の広さはノイズ量に直結しますから、12ビットを活かすには以下の点に留意します。● 周波数帯域をあまり必要としない● 電圧感度は高くない設定● 可能であればオシロスコープの入力インピーダンスを50Ωで使用するプローブ図9 12ビット分解能を活かす設定全てを満たすアプリケーションは無いかもしれませんが例えばパワー・エレクトロニクスの測定です。波形形状の詳細観測において12ビットの高い電圧分解能は有利です。また元々振幅を得にくい電源の高周波ノイズの測定では12ビットのメリットが出ると思われます。このように必ずしも常に12ビットの分解能が活かせるわけではありません。8ビットが時代遅れというわけでもありません。何を測るのかによって使い分けることが賢明でしょう。