波形測定における余計な存在、邪魔になる存在はノイズです。外来ノイズには対策が可能ですが、オシロスコープなどの計測器自体が無信号時にも表示してしまうノイズに対策は無いのでしょうか。必ず発生する熱雑音自然現象として発生するノイズが熱雑音です。図1のように抵抗Rが絶対温度Tにある場合、周波数帯域幅で決まるノイズVnが発生します。Vnの値は実効値です。図1 抵抗が発生する熱雑音Vnの式から・ 温度が低い程 ・ 抵抗値が小さい程 ・周波数帯域幅が狭い程ノイズレベルVnが低くなることが解ります。ノイズは周波数的に均一に分布します。またノイズの分布はガウスノイズに近いと言われています。そしてノイズのピーク値は実効値の5~10倍程度になります。周波数帯域の高いオシロスコープほどノイズが多くなるオシロスコープは図2のように直流から周波数帯域まで、同時にすべての周波数成分を取り込みます。同じく同時に周波数帯域内のノイズ成分も取り込むため、周波数帯域の高いオシロスコープ程、ノイズが多くなります。実際の製品ではオシロスコープ内部のアナログにて発生するノイズも加わるため、熱雑音以上のノイズレベルになります。図2 オシロスコープのノイズが大きい理由一方、周波数軸で解析するスペクトラム・アナライザは広いダイナミック・レンジを持っています。スペクトラム・アナライザは図3のように周波数帯域幅の狭いバンドパス・フィルタを移動させながら測定するために、そのバンドパス・フィルタを通過するノイズ成分は非常に少なくなります。これがノイズレベルの低い理由です。もちろんスペクトラム・アナライザ内部で発生するノイズも同時に低減します。周波数帯域幅を狭くするとノイズフロアが下がるのはこれが理由です。図3 スペクトラム・アナライザのダイナミック・レンジが広いランダムノイズを低減できるアベレージノイズを減らすことができれば目的とする信号を浮かび上がらせることができます。その方法として以前よりオシロスコープに搭載されている機能がアベレージ取込みです。図4のように繰り返し取り込んだ波形を加算平均することで、ランダムノイズ成分を低減することができます。図4 16回のアベレージ結果図5は数学的に発生したランダムノイズを8回、および16回加算平均した結果です。ノイズはガウス分布に近く、大きなピークを持ちますが、平均化で低減でき、ノイズレベルは
になります。16回の加算平均によりノイズレベルが約25%までに低減できています。図5 アベレージによるノイズ低減オシロスコープで発生するノイズオシロスコープの内部は図6のようになります。広帯域のオシロスコープでは入力インピーダンスは50Ωになり、この50Ωで発生する熱雑音、アナログ部にある増幅器内部で発生する各種ノイズが観測したい信号に加わります。このノイズを低減するために最近ではアベレージ処理に加え、デジタル・フィルタによる処理ができるようになっています。図6 オシロスコープ入力部で発生するノイズ最近のオシロスコープにおけるノイズ低減の手法をテクトロニクス MSO64Bを例に解説します。写真1 テクトロニクス ミックスドシグナルオシロスコープ MSO64B周波数帯域 2.5GHzテクトロニクス MSO64Bの周波数帯域は仕様により1GHz~10GHzが選択でき、また周波数帯域は制限して使用できるようになっています。またチャンネル数は4/6/8チャンネルが選べます。ノイズレベルを低減するためには・ 増幅器が発生するノイズレベルを抑える・ 何らかのプロセスでノイズレベルを抑える方法が考えられます。図7はMSO6シリーズの電圧分解能(A/D変換のビット数)がサンプル・レートでどのように変化するかを示しています。使用するチャンネル数を半分に制限し、A/D変換器をインターリーブすることで最高サンプル・レート 50GS/sになるようですが、ここでは全チャンネルを使用する場合(赤枠)です。図7 テクトロニクス MSO64Bの電圧分解能 (データシートより抜粋)データシートから読み取る限りでは各チャンネルのA/D変換器はハードウェア的にはサンプル・レート 25GS/s、分解能8ビットが基本のようです。サンプル・レートを抑えると何らかの手法で電圧分解能を向上させていると思われます。周波数帯域によりA/D変換器の取り込みモード(Acquisition Mode)が変わります。最高周波数帯域 10GHzでは25GS/s、8ビットと12.5GS/s、12ビットが選択できるようですが、周波数帯域 10GHzを活かすにはサンプル・レート 12.5GS/sは意味がなくなり、最低でも25GS/sになると思われます。図8 テクトロニクス MSO64Bのランダムノイズ (データシートより抜粋)周波数帯域を5GHz以下にすると取込みモードは高分解能モード(Hi Res)になり電圧分解能は12ビット以上に向上します。つまり周波数帯域 2.5GHzの仕様では基本的に高分解能モードで動作することになります。データシートには図8のように周波数帯域別、電圧感度別にノイズレベルの実効値が代表値として記載されています。図8から周波数帯域 10GHzでは最高感度の1mV/divでは183µVrms、この周波数帯域での熱雑音計算値、約90µVの2倍になります。図8 テクトロニクス MSO64Bのランダムノイズ (データシートより抜粋)周波数帯域 2.5GHzでは最高感度の1mV/divでは75.6Vrms、この周波数帯域での熱雑音計算値、約45.5µVの1.6倍になります。図9はノイズレベルのイメージになります。ノイズのピーク値は実効値の5~10倍になりますが、ここでは5倍で計算しました。テクトロニクスの従来モデル、MDO4104C(周波数帯域 1GHz)のノイズレベルはデータシートには電圧感度 1mV/divにて93µVとありますので、大きな改善が見られます。データシートには高分解モードはFIRフィルタを使用との記載があり、これが効果的と思われます。図9 MSO6Bシリーズのノイズイメージ以上は一例になりますが、オシロスコープによる測定では波形形状によりオーバサンプリングが可能な場合が少なくありません。デジタル・フィルタの活用によりノイズを低減する手法は今後さらに進むと思われます。