音の情報は波として伝わります。図1のように音は粗密波の形で空気中を毎秒約340mの速度で伝わります。一方マイクで拾った音は電気信号波形として伝線を毎秒約30万kmの速度で伝わります。雷が光ってから音が聞こえるまでの時間差から雷までの距離がわかるのはよく知られています。また同軸ケーブルなどを伝わる電気は波として光速の約2/3の速度で伝わります。図1 波の伝わる速度は媒体で大きく異なる図2は最近のオーケストラの録音で使われる遅延補正です。全体の音は指揮者後方の上に設けられるメインマイクで録音しますが、補正のために各パートの音を拾うサブマイクの音もミキシングします。しかしメインマイクに伝わる音は遅れて来るために位相ずれが生じます。そのためミキシングの際に遅延時間(=距離の差)を考慮して編集ができるようになっています。図2 オーケストラの録音で使われる遅延補正電子計測においても伝搬遅延は重要です。図3はパワーエレクトロニクスの計測で使用される高電圧差動プローブと電流プローブ間の時間差を示した例です。テクトロニクスのデータシートでは各プローブの信号遅延時間が記載されています。図3 テクトロニクスのプローブの信号遅延時間の例配線で起こる時間遅延線路において電気信号は波として光速(毎秒約30万km)の約2/3の速度で伝わるため1mの同軸ケーブルでは5nsの伝搬遅延が生じます。周波数が低い場合は配線長による時間ずれを意識することはありません。オーディオ帯域(20Hz~20kHz)では上限の20kHz(周期50μS)でも線路長1m当たりの伝搬遅延時間を5nsとして位相ずれは360×(5ns/50μs)=0.036°に過ぎません。オーディオ機器内部の配線はもっと短いですから事実上、時間ずれはないと考えられます。では周波数が高くなるとどうでしょうか。図4のように周波数1MHzでは位相ずれは1.8°。位相ずれを考慮する必要があるかもしれません。周波数10MHzでは18°、周波数100MHzでは位相は反転します。ただし周波数が変わらず、線路長が1/10になれば時間ずれ,位相ずれも1/10になります。このように周波数と伝送路の長さによって位相は変化、特に高周波領域では線路長に考慮しなければなりません。図4 周波数が高くなると伝搬遅延の影響が大きくなる図5はデバイスの出力信号が2つのデバイスに接続されていますが、線路長の差により本来位相そろっていた信号のエッジのずれが周波数の上昇に伴い無視できなくなります。このため従来は配線長を考慮する設計が基本でした。図5 従来は配線長を考慮する設計例えばメモリ回路ではクロック以前にデータが安定する余裕、セットアップ・タイムと、クロック動作以降にデータが保持されるホールド・タイムがありますが、時間遅延を考慮すれば動作できるように基板設計できました。図6 セットアップ・タイムとホールド・タイム近年、メモリの高速化により信号のジッタ(時間方向のずれ)が顕著になっています。線路長を考慮した基板設計を行っていても、図7のようにデータ、クロックの持つジッタによりセットアップ・タイム、ホールド・タイムの余裕が大きく低下する恐れがあります。図7 ジッタの影響が大きくなるこのジッタを定量的に評価するためにタイムインターバル・エラーという概念があります。図8のように「本来ここにエッジがあるべき」という位置と実際のエッジのずれがタイムインターバル・エラーです。タイムインターバル・エラーは時々刻々と変化するので原因追及には長時間観測し、変化のパターンを調べる必要があります。図8 タイムインターバル・エラー