パワー・デバイス、スイッチング・デバイスと呼ばれる電力用半導体を用いて電力を変換、および制御する技術がパワー・エレクトロニクスです。
特にスイッチング電源、エアコン、冷蔵庫、最近では自動車の駆動にも使われるパワー・デバイスでは高速化、スイッチング時間の短縮がテーマになっていますが、同時に波形測定が困難になりつつあります。
インバータは直流を交流に変化させる回路です。
比較的小電力のスマートフォンのスピーカー用オーディオ・アンプ、100kWクラスのBEV用モーター、大電力の鉄道用モーターまでインバータは幅広く使われています。
図1はスイッチング回路の動作例です。
4個のトランジスタはオン・オフのいずれかの領域で動作し、スイッチのように動作します。
左側の状態ではTr1とTr4がオン、Tr2とTr3がオフになり負荷には右向きの電流が流れます。
右側の状態ではTr2とTr3がオン、Tr1とTr4がオフになり負荷には左向きの電流が流れます。
この二つの状態を任意の周波数で変化させること、またオンになる時間割合を変化させることで負荷、例えば同期モーターの回転数、回転トルクを任意に制御できます。

図1 スイッチング回路による電流制御
スイッチング動作を行うトランジスタは完全にオン・オフ動作ができるわけではありません。
メカ・スイッチではないのでオフ時での電流リーク、オン時での有限のオン抵抗があります。
さらにスイッチングする時間はゼロではなく遷移期間があり、そこではリニア動作になります。
つまりトランジスタが電力を消費、すなわち損失を発生します。
遷移エッジを高速化、すなわちトランジスタが高速化することでこの損失は減らすことが可能ですが、同時に電流の変化、di/dtが大きくなり輻射ノイズ増加の恐れがあります。

図2 スイッチング時の電力損失はスイッチング速度で変わる
スイッチング電源に使用されるトランスは周波数が高くなるほどトランスなど、誘導部品の小型化が可能になります 。
そのためスイッチング周波数を高くしたいところですが、図3のようにトランジスタのスイッチング時間を速くしない限り損失は大きくなります。

図3 単純にスイッチング周波数を高くすると電力損失が増える
このようにスイッチング動作はアナログ動作であり、効率改善のための波形計測が行われます。
スイッチング回路の計測ではトランジスタの入出力電圧波形と出力電流波形 を計測します。
図4はその中でも特に困難なゲート信号波形の観測です。
交互にオン・オフ動作を行う上下のトランジスタですが、下側トランジスタ(ローサイド)のゲート波形は変動のない-Vcc(直流)を基準になるため、比較的容易に計測できます。
一方、上側トランジスタ(ハイサイド)のゲート波形は大きくレベル変動するスイッチング出力を基準に計測します。
この計測は容易ではありません。

図4 容易でないハイサイドのゲート信号測定
この計測には絶縁入力の計測器が必要です

図5 絶縁入力による測定
絶縁入力の代表格はレコーダです。
スイッチング回路の計測に使えそうですが、残念ながら周波数帯域が高くありません。
一部の製品モジュールで周波数帯域30~40MHzが実現されていますが、対応できる遷移エッジは周波数帯域から換算される立上り時間、約10nsの4倍、概ね40ns以上になります。
高速化するパワー・デバイスには対応できません。
このためIGBT、PowerMOSFETではより周波数帯域の高い高電圧差動プローブが用いられてきました。
図6 各種絶縁入力、差動入力の特徴
高電圧プローブをスイッチング回路のゲートに接続した場合、二つの問題があります。
一つはプローブが負荷になることです。
図6のようにハイサイドのトランジスタのゲートとエミッタ間にプローブが負荷として接続されます。
ゲート側はインピーダンスの高く影響が少なくありません 。

図6 プローブが負荷になる
もう一つは冒頭で挙げたプラス・マイナスの両入力に加わる大きなコモン(同相)電圧です。
図7のようにエミッタ側のスイッチング出力は+Vccと-Vccnの間を振れ、ゲート電圧はコモン電圧になるスイッチング出力プラス数Vのゲート信号です。
コモン信号は差動プローブでは引き算され理想的には検出されませんが 、実際の製品では周波数の上昇に伴い漏れが大きくなります。
高速エッジには高い周波数成分が含まれ、この部分が漏れ込むことになります。

図7 ハイサイド測定における高レベルの同相信号
スイッチング・トランジスタがIGBTであれば、この問題は顕著ではありませんでしたが[詩岩14] 、PowerMOSFET、さらにSiCの高速化により問題が顕著になってきました。今日ではより高速なSiC、GaNが登場し、計測が困難になってきました。
理想に近い絶縁を実現する方法が光絶縁です。
図8のように入力信号をE/O変換器で光に変換、光ファイバーで伝送後にO/E変換器で電気信号に戻す手法です。
これによりガルバニック・アイソレーション(1次側、2次側に電流の流れる経路が存在しない絶縁)が実現できます。

図8 光絶縁による測定
30年ほど前にテクトロニクスより周波数帯域100MHz、送信機-受信機間最高200mができる光絶縁システムがあり 、放電試験などに使われてきました。
販売中止以降はプローブ先端部にA/D変換器を内蔵し、デジタル化した波形データを光ファイバーで伝送するシステムがありましたが、アナログ波形を伝送するよりも高い伝送帯域が必要で、周波数帯域的には不十分でした。
今日ではテクトロニクスから最高周波数帯域1GHzの光絶縁プローブ・システムが発売され、現在では数社から同様の製品が発売されています。
図9はテクトロニクスの製品の原理イメージです。
プローブ先端に供給される電源、制御信号も光ファイバーで伝送されます。
併用するオシロスコープはTek-VPIプローブ・インタフェースを持つテクトロニクスのオシロスコープです。

図9 テクトロニクスの光絶縁プローブの原理
テレダイン・レクロイからは周波数帯域最高1GHzまでの製品と周波数帯域150MHzの低価格製品、2種が発売されています。
上位機種はテクトロニクス同様に電源がオシロスコープ側より供給されるため動作時間に制限はありませんが、下位機種はバッテリ動作です。
併用するオシロスコープはPro-Busインタフェースを持つテレダイン・レクロイのオシロスコープです。

図10 テレダイン・レクロイの光絶縁プローブ
汎用性が高く、オシロスコープを選ばない製品として PMK社の製品(岩通計測扱い)があり、BNC入力コネクタを持つオシロスコープで使用できます。

図11 汎用性のあるPMK社の光絶縁プローブ
図12は各社の比較表です。
光絶縁プローブは回路への影響、回路から受ける影響ともに少なく、良好な計測が期待できます。

図12 各社光絶縁プローブの特徴 (各社のデータシートより作成)